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粛王(しゅくおう、? - 紀元前370年、在位:紀元前380年 - 紀元前370年)は、中国戦国時代の楚の王。 == 生涯 == 父は先代の悼王。父が死去したため跡を継いだ。父王の死で貴族・王族など74家が反乱を起こして呉起を殺害した。粛王は郢郊外に父を埋葬すると、呉起を誅殺した貴族や王族らに名乗り出るように命令を出した。そして名乗り出た74家に対して少傅から令尹(執政官)に取り立てた武紘に命じて一族ことごとく誅殺を命じた。武紘は楚の名門・名家ばかりで人数も多く王室の者もいるとして諫言したが、粛王は父の遺体に矢を射た罪として処刑を強行した。その数、数百人に及んだという。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「粛王 (楚)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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